044.騎兵のように逞しく

 彼は、三年ほど前から騎士団の中で働いている。そのうちで翡翠の騎士――ジェイドの旗下に入ったのは、一年半ほど前のことだった。
 経済状況が厳しく、中央から白い目で見られる、そんな身にはなったものの、おおむね充実した生活を送っている。
 そんな彼はいつものように槍を携え練兵場に出て、目をむいた。
 練兵場の端っこで、上司と一人の少年が剣を打ちあっているのを見つけたのだ。そしてその少年は――数日前、ジェイドに首根っこを捕まえられて兵舎まで連れてこられ保護された、ぼろ雑巾のような子供だったのである。

「あんなガキが一人で旅とか、世間を甘く見ているとしか思えねえよ」
 彼の少年が保護されたその日、ジェイドは確かに酒場でそう愚痴をこぼしていた。取りつく島もない――そんな表現がぴったりの様子だったのだ。
 それがいったいどういう心変わりをしたのか、今は剣術を叩きこんでいるようである。
 不審に思い同僚に尋ねると、彼は肩をすくめて一言だけ、こう述べた。
「なんかなあ。事情を聞くうちに、かわいそうになってきたらしい」
 それだけでは到底意味が分からなかった。
 結局疑問が解消されぬまま訓練に励み、一通りそれを終えたところで、休憩をするために練兵場のすぐ外に腰を下ろした。木剣を打ちあう乾いた音が聞こえてくる。
 彼が鉄の水筒に入ったぬるい水を呷っていると、隣で人の気配がした。振り向くとそこには先程の少年がいて、彼の視線に気づくと軽い会釈をしてくる。
 無言で水を飲みこんだ彼は、水筒のふたを閉めてから、改めて少年に向きあった。
「ここでの生活は、どうだい? やりにくいこととかない?」
 自分で口を開いておきながらも、ものすごく緊張していた。嫌な汗で手が湿る。
 一方、少年は少し考え込んだ後に彼を見た。
「別に、つらいこととかないです。野宿してたときよりまし」
「……厳しい旅路だったんだね」
「これからも、ですよ。一通り習い終えたらまた旅に出ます」
 あっけらかんと言ってのけた少年に対し、彼は絶句する。少年は彼の表情を見て何を思ったのか、「あまりひとつのところに長居したくないんです」と付け足し、立ち上がった。
 にやり、と人の悪い笑みを浮かべて彼に言う。
「午後からは、ジェイドに野営のコツを教わることになってるんですよ。――それじゃ、また」
 そう言い残して少年は去っていった。
 小さな後ろ姿を見た彼は、きっと隊長に負けないくらいたくましくなるだろうなあ、と考えて、少し切なくなった。

 この数年後、彼はこの少年と肩を並べて魔獣の討伐にあたることになるのだが――それはまた、別の話。

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