地面を掘って作られた道の上を、一台の古びた馬車が走っている。それも、ゆっくりと。

 その中から、流れていく景色を眺めつつ彼はため息をついた。お世辞にも心地よいとは言えない振動を感じて、彼はすっと目を開く。

 それと同時に、馬車が一時停止する。前方から声が聞こえた。

「……どこまで行くんだったかな」

 彼は、小さな声で答えた。

「ロックフォードですよ」

「そうだったね」

 声が返ってきたと思ったら、また馬車が動き出す。その時、思い出したように前方の御者が問いかけてきた。

「そういや、あんたなんでロックフォードなんかに行くんだ? 観光……には思えないが」

 聞いた彼は、ふふ、と笑って首を横に振る。

「そうですね、観光ではないです。まあ……里帰りのための中継地点ってところですかね」

 御者は小さくそうかい、と返し、また前を向く。

 その時。彼は何かを感じて再び馬車の外をのぞいてみた。そして――

「…………!」

 

 眼前に広がる光景に、思わず息をのんだ。

 

 なんと、馬車のまわりを十数人ほどの男が取り囲んでいたのである。しかも、ほぼ全員武器を持っている。明らかに賊の類だ。だが、御者ははじめに、この辺りに賊が出ることはないと説明していた。

 と、いうことは――

 

 彼はちらりと、御者の方に目をやる。すると、また馬車が止まった。

「悪いね」

 御者の、そんな声を聞いた気がした。その直後、金属のこすれ合う音が聞こえる。

「ついてないな……」

 言ってから息を吐くと、さっきまでのぞいていた窓の枠に手をかけ、思いっきり身体を馬車の外へと飛ばした。

 静かに着地。同時に、彼は素早く人数を確認した。

(五、十、十五………ざっと十八人程度、か)

 ちなみに、そのなかには先程まで御者をやっていた男の姿もあった。

 やれやれ、と彼が頭をかくと、賊――とも限らないがおそらくそうだろう――の中の一人が、彼に言う。

「荷物をすべて置いていけ。そうすれば見逃してやる」

 彼は、ちらりと自分の身体を見た。里帰りのための大きな荷物なんてものは、ひとつも持ってこなかった。道中の食事などは自然の中にある物で済ませていたため、非常食のような物もなし。あるのは水筒と、わずかばかりの銭と、自分が愛用している短剣数本だけだった。

――これを全部置いていけ? とんでもない。

 胸中で呟いてから、お手上げのポーズをつくる。

「残念だけど、ここに置いていける物はひとつもないよ」

「――そうか」

 先程の男が呟くと同時に、全員が武器を構える。そして、名も知らぬ旅人に向かってそれを振り上げた。

 彼はそれを見て、腰に刺していた投擲(とうてき)短剣を数本抜いた。それを瞬時に構えて、飛びかかろうとする数人の賊に向かって力いっぱい投げた。見事短剣が命中し、彼らは声もあげず倒れ伏した。

 他の者たちは、気絶した仲間を見て激昂した。

「てめえっ!」

 一斉に、飛びかかってくる。

 彼はそんな賊を一瞥した。さっきまでより、少し冷たい目で。

 今度は、武器ではなく拳を構える。

「死ねええええ!!」

 声を上げて殴りかかってくる男。御者をやっていたあの男だ。

 彼は一瞬、視線を鋭くした。と――

 

 

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父の旅 ―1―